Fallosophy
2つのボタンのみで、西洋哲学史を辿る長大なピンボールテーブルを昇れ。 『Fallosophy』はミニマリストなデザインのゲーム。ピンボールが、重力を相手にした静かなる苦闘に変わる。スコア、揺らし、ボールセーバーはなし。落ちたならば、もう一度昇るのみ。 なぜ昇るのか?そこに何の意味があるのか?
このゲームについて
『Fallosophy』は、さまざまな思想が垂直に連なる世界を舞台とする高難易度ピンボール・プラットフォームゲーム。フリッパー、プランジャー、物理運動を我がものとし、哲学史の変遷を飛び抜けていけ。落ちることもあるだろう。昇ることもあるだろう。そして、君はその「なぜ」を問うことになる。
理解への旅
音のこだまする「無知」の洞窟から、崩れ落ちた「近代」の尖塔まで。『Fallosophy』は、古代、中世、近代、そしてその先に渡る、哲学の進化にインスパイアされた世界への旅に君をいざなう。現実、真実、そして自我において人類が持っていた概念を一変させた、思想家たちと哲学運動に作られた世界を越えてゆけ。
ステージは、そのひとつひとつが目に見える物と概念の両方に基づいている。プラットフォームは忘れられた学説のようにぼろぼろと崩れ、思想はサウンドスケープの中にたゆたい、ゲームの進捗は新発見のように感じられるのだ。
思考の歴史を昇ってゆけ
君の名はベテル。ぱっと現れた、ただ1つの思考だ。「無知」の暗い洞窟を抜け、理解という光へと昇ってゆく。深奥から、誰かの声が聞こえてくる。冷静で、威厳にあふれ、有り得ないほど長い時を生きている者。それは哲学者の王と名乗り、上を目指すよう君を急きたてる。しかし、君が上へと昇るたび、王から授けられる英知は支配の様相を深めてゆく。
巨人のフリッパーに注意せよ
昇るにつれて、君はフリッパーが単なるレバー以上のものだということに気がつくだろう。フリッパーは思考の媒体である。やみくもに上げ下げしても、世界の底面に落ちていくのみ。『Fallosophy』をマスターするには、精神をクリアにし、フリッパーの性質を理解しなければならない。かすかなバウンス、エッジフリップ、そしてホールド。これらはテクニックではなく、物理運動の哲学なのだ。
『Fallosophy』には「ない」要素
購入してもらう前に、君がこのゲームを楽しめることを確認しておきたい。そのため、『Fallosophy』には当てはまらない以下の要素を明確にしておく。
メトロイドヴァニアではない。アビリティをアンロックしたり、以前いたエリアを再訪することはない。このゲームで目指すべき方向は「上」であり、「外」ではない。
カジュアルなピンボールゲームではない。このゲームの醍醐味はポイント稼ぎではない。常に失敗があり、そこに意味がある空間の中で、制御をマスターしていくことだ。
寛容ではない。落下は受け入れるしかない。たった1つのミスによって、数分、あるいは数時間ものプレイが無駄になる可能性もある。
夢のような力は与えられない。アップグレードも勝利ボタンもない。啓蒙への近道は存在しない。
アクションゲームではない。対峙する敵、あるいは回避する弾丸は存在しない。あるのは重力、運動、そして自身の苛立ちのみ。
そんなゲームに何の意味があるのか?
意味とは、君自身が見つけるものだ。